強者と弱者の逆転の背景。

親愛なるあなたへ

これからの日本では強者と弱者の逆転が起ってくるのかもしれません。

たとえば教師と生徒。

昔は教師が圧倒的権限を持っていた。

けれども今は生徒が主体です。

良い方向へ向かえばいいのですが、けれどもそこにモンスターペアレントや「~ハラスメント」を都合よく解釈する世の中と対峙しなければならない。

生徒の中にも「やばい」のも正直いる。

私は予備校の講師で「教科を教えるプロ」として世間に認知されるだけなので、誤解を恐れずに言えば「人格形成については全くの無責任」で構わない立場にいます。

けれども、その立場であっても生徒さんの態度に思うことがある。

話に聞く親御さんの対応に疑問を呈することがある。

予備校はサービスですから、現実的な話「生徒さんからの支持」がなければ商売できないので人格形成に無責任であってもそこに葛藤があるのです。

支持されれば相手の気持ちよくなるような「あしらい方」でいいのか。

それでも明らかに注意しなければ「この人間の人生」は誤った方向へ、そして日本の将来にも暗い影を落とす。

けれども、一つのビジネスとして言い方はあれですがお世話になっている予備校さんも「世間の顔を伺って」いかなければならない。

そこへ「お世話になっている」ので、難しいのです。

自ら立ち上げたなら自分のポリシーと責任と覚悟で臨めるけれども(こちらの方が究極にすごいことですが)、業務委託契約では先方さまの顔もある、と。

そんな日常であり、葛藤です。

ですから、これが学校の先生ともなればそれは阿鼻叫喚の世界でありましょう。

心よりお察し申し上げます。

学校や教育現場における例は非常に分かりやすいですが、あくまで一例にすぎず、技術革新や個の時代の加速により予想もしなかった逆転劇も起こってくるに違いありません。

今後始まる強者と弱者の逆転では立場が変わるのが怖いのではありません。

何かを盾としながら、巧妙にカモフラージュされた逆転が起り得るのです。

逆転された側に「世間に分かってもらえない」状況が背景として作り出される。

誰も違和感を覚えない。

端的に言えばモラル・ハラスメントのようなもの。

世間やネットで紹介されるモラル・ハラスメントは本当のモラル・ハラスメントではありません。

本物はあのような分かりやすいものではない。

以前の教師の強権的振る舞いを肯定するのではありません。

しかし、弱者が強者にとって変わる時、この日本という風土では正面切っての戦いではなく必ず湾曲したアプローチがあるのです。

我々はそこを見抜いていかなければなりません。

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