他力本願。

親愛なるあなたへ

他人を頼る、それを「他力本願」と言うときがあります。

でも本来の意味は違います。

もともとは仏教用語で、「他人をあてにする」という内容は含まれていません。

他力というのが「他人の力」と勘違いされてしまうのでしょう。

他力というのは神様の力のことです。

仏教の世界では「如来」というのが一応いちばんエラい神様で、その中で「阿弥陀如来」という神様の、その方の力で救われる、という意味です。

ですから簡単に言うと、「自分の意思などどこにもない。神様の導く通りにします」というのが他力本願の本当の意味です。

「ああしたい、こうしたい」と願いを叶えるために他の人を上手く使うとか神様にお願いするとか、そういった内容とは程遠いものでガックリくるのは私だけではないと思いたいところです。

ところが、欲望および煩悩の代表である筆者としては何とか俗世間へ応用できないかと色々考えあぐねた末、ついに法則を見出した。

要は、他人や神様に頼ろうとするからイケナイのである。

他人に頼れないのだからまず自分でする。

「自力本願」という言葉は仏教用語にはないそうですが、まずは自力本願で、自分の力でヘタクソでも恥ずかしくてもいいからやってみる。

そうやって頑張っていると何故か「他力」がついてきます。

不思議なことが起きます。

すごいことが起きてきます。

もうこうなれば自分の力は無視できる。

「神様好きな通り連れてってください」

ピッチピチのまな板の鯉。

俗にまみれた自分の力以上の、とんでもない力をお借りすることができます。

ですからこの俗世界で俗に属したやり方で他力本願を。

ぞくぞくうるさいですが是非すごい他力本願を体験してみてください。

by You