言葉の魔法を生むエネルギーはディベート力だ。

親愛なるあなたへ

世の中の風に当たると言葉というものがいかに大切かが分かります。

守られている中では言葉の重要性が分からないのです。

人間関係だけがトップシークレットの学生時代の言葉の大切さとはケタが違います。

実社会では生きていくかどうかの問題なのです。

「世の中、結局口の上手い人が渡っていけるんですよね」と言う人がいますが、それは単なる勘違いです。

言葉に力がこもるときには根拠が必要です。

根拠とは事実のことではありません。

根拠とは、自信です。

なぜそう思うのかという自分の根っこになるところです。

世の中でビバークしなければならないときに、いくら完璧に論理武装をしていてもそこに自信がなかったら負けてしまいます。

口が上手いだけの人は言葉に魔法がかかっていません。

言葉は箱だという記事を書きましたけれども、言葉自体はあくまで乗り物なのです。

魂が入っていなくてはダメなのです。

議論は口先だけの比べ合いなどではありません。

議論とは、魂と魂のぶつけ合いです。

魂と魂をぶつけ合う言葉のコミュニケーション能力が、ディベート力です。

あの人は口達者だから議論で相手を納得させられるんだ、講演でみんなを惹きつけられるんだというのは間違っています。

ディベート力を鍛えて言葉に魂を込める修業をしてきたのです。

ディベート力を鍛えるのはスキルや知識のことではありません。

総合的な人間力のことです。

総合的な人間力を育てることを「自分づくり」といいます。

口達者を卒業した言葉の豊かな人は、常に自分づくりをしている人なのです。

口が上手い、話術に長けているという見方は卒業しましょう。

みんなが言葉に集まるのは、その言葉にかかっている魂が磨かれているからなのです。

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