親愛なるあなたへ
一昨日の夜、人生で二度目の無一文を達成しました。
7つある銀行口座は全てゼロ。
財布の中もカラッポです。
税金は年収に見合ってきましたが、お金君に今回の引越し費用で頑張ってもらったのです。
一年前の感覚をもう一度味わいたくて、今回は綿密に計算しました。
最後のお金を払い終えると、蘇ってきました。
お金から解放される感覚です。
「きたきた、このカンジ」
嬉しくなって、ワクワクしました。
実は、今回は神様がさらなるサプライズを用意してくれていました。
僕は無一文の期間を前と同じく半日くらいになるように調整していました。
ところが昨日、新しい職場の給与振込日を勘違いしていたことが分かりました。
聞いたときにはさすがにビックリです。
でも、しばらく経つと全てが透き通った感覚になります。
夏の太陽の輝きがいつもよりまぶしいのです。
初めて無一文になったとき小学生に戻った気分になったと言いましたけれども、それがよりリアルに感じられるようになるのです。
小学生のときにお金の心配をしないのは「僕には守ってもらえる人がいるもん」と開き直れるからです。
「家に帰れば何とでもなる」と思っているからです。
無一文も同じです。
お金を一銭も持っていないので本当に何も買えないし、何か起こったら対処できるかどうか分かりません。
でも、何が起こったとしても「無一文だもん」と開き直れるようになるのです。
「生きていれば何とでもなる」と思えるようになるのです。
もはや快楽の世界です。
僕は将来お金をいっぱい稼いで億万長者の豊かな生活をしようと本気で思っています。
その器をつくるために、今豊かさの原点を学んでいるのです。
究極の高みを目指すには、一度原点に帰ることです。
原点に帰ることで人は今まで見えなかった世界に触れることができるようになります。
それは、矛盾するように見える二つの感覚を融合するということです。
お金持ちになって豊かな生活をしたいという想いと、お金が欲しいという欲からの解放です。
これを同時に感じることができるようになるのです。
神様は真っ白な快楽と一緒に未来のご褒美をくださいました。
こんな贅沢ができる僕は、幸運体質としか言いようがありません。
心から感謝しています。
p.s.
今日引越しの荷解きをしていたら、ずっと昔に母方の祖母からもらった贈りものを見つけました。
「ご縁があるように」と五円玉と五十円玉をそれぞれ束にしたものです。
神様からのさらなるご褒美です。
普段使わないコンビニでお酒を買って飲みました。
お金がない中でパッと使う贅沢も、快楽ですね。
by You