親愛なるあなたへ
ゴロゴロしながらする勉強はよいですな。
「勉強という高尚な活動は、『必勝!』の文字が書かれたハチマキを頭に巻き机にかじりついて行うのが理想の姿である」
そこまで高められたら逆を行きたくなるのが人間の常でしょう。
だって勉強は勉強だし。
学ぶことです。
それをどうして机でしなければいけないのか。
「真面目にやれ」って言われるけど、勉強って真面目にするものでしょうかね?
真面目にやったものほど役立たないというこの事実。
夏休みになると、図書館で勉強するのがいいか自宅で勉強するのがいいかっていう議論が巻き起こる。
中には「図書館はマジメ君がいくとこで気持ち悪い。マックが一番」などと場外乱闘に持ち込む人もいて、その議論に没頭するあまり学習内容が全く頭に入らないという夏の風物詩、だったのは僕だけかもしれませんが。
最終的に優等生からは「家でできないのは自分を律していない証拠だ」って究極の正論をたたきつけられ完敗。
このサイクルを繰り返し青春を謳歌していたような気がする。
今思えば別に何でもよいですよ(笑)
勉強ができれば大丈夫。
もちろん机でするのが落ち着くなら机ですればいいですね。
小学生のとき、当時住んでた団地の近くの公園で教科書を読んでいました。
すると気持ちがよかったですね。
太陽が当たって。
教科書持ってるだけで何だか勉強した気がする。
周りに誰もいない外だと自分が一番勉強した気がする。
これはおトクですよ。
でも親からは「みっともないからやめなさい」って言われてしまいます。
勉強になると急に型にはめるって、おかしいですね。
寝相にはいろんなパターンがある。
顔を枕に漬け込み、毛布でサナギになり、中には「これは・・・!」と思わせるものまで。
でもどれでもグッスリ幸せそうに眠っている。
それなのにどうして勉強だけは一つのかたちを求めるのか。
もし勉強するんだったら、自分の好きなカッコで、好きな場所で、好きな体勢でやるのがベストです。
今の僕がどうやって本を読むかというとフローリングの床にネコ仕様に体を預けてやるのですけど、芸術点は多分高いと思います。
でもクーラーつけるのは嫌だしベッドの上や座椅子は暑くて蒸れるから、あとは床しか残っていません。
ヨットハーバーという絶好の環境でもやってみたのですが、直射日光が何しろ暑い。
やっぱり我が家が一番ですな。
勉強は好きなように、適当に、ゴロゴロ楽しめばよいですよ。
by You