忍耐と我慢は違います。

親愛なるあなたへ

耐え忍ぶというと辛く苦しいものだと想像します。

耐えるのでも、忍耐と我慢は少し違います。

似ているようですが、実は違うんです。

僕の現状はひたすら忍耐です。

生まれ変わったのが2009年の春先ですから、そこから考えるともうすぐ丸4年になります。

「忍耐丸4年」なんて書くとしんどそうに見えますが、ある意味ラクです。

それは我慢をやめたからです。

忍耐しているけれども我慢をやめたので、10年でも20年でも頑張れます。

死ぬのがあまり怖くないので、夢が叶わなくてもジタバタ暴れてそのまま天に召されたらカッコイイななんて思っています。

痛い・苦しいのは嫌ですけれど(笑)

我慢と忍耐は微妙に違います。

辛さと大変さの違いのようなものです。

同じに見えるし、感じ方によっては同じようなカンジもするけれど、微妙に違います。

貧乏を経験して孤独になるけれど、その代わり言いたいことを言うし自分の好き勝手に生きています。

貧乏も孤独も楽しみ方を覚えれば結構乗り越えられてしまいます。

ちなみに僕は、大切に大切に育てられて「社会に出られない」と言われた人間です。

あなたは、絶対、大丈夫です。

我慢するとなぜ苦しいかというと、出口がないからです。

苦しいことがたくさん溜まってくるから辛くなります。

忍耐がラクなのは、苦しいことを逃がす水路があるからです。

入ってきても上手く流してあげることができるから溜まりません。

ものすごい量がウワっと押し寄せてきても、穴からチョロチョロ出ていくからパンクしません。

辛かったら、壁を掘りましょう。

掘っちゃダメだなんて誰も言っていません。

壁が崩れるからやめなさいと周りは言うけれど、パンクするのを待つことはありません。

掘って崩れたら、実はものすごい空間が向こうにあって、流すどころか大鉱脈が見つかるかもしれないのです。

夢探しとは難しいことではありません。

目の前の壁を掘ることです。

宝探しのゲームです。

夢を叶える人はみんな忍耐強いですが、ゲーム感覚なのです。

ゲームだと思えば、耐えるというのは辛いことではないと分かるのです。

by You