誇りに思うとき。

親愛なるあなたへ

生まれてくる環境は選べませんが、解釈をするのは自らの自由。

しかしその自由も、「これまでの流れ」にいるうちは誇りがなかなか見つからない。

それが親兄弟であれ家柄であれ土地柄であれ、一度それらを断ち切って遠くから眺めたときに誇らしく思うことがある。

与えられたものに感謝しなさいと言うけれど、その本当のところは外へ出て客観的に見てみないと分からない。

人間は常に主観でものを見てるから客観になることはなかなか難しい。

「客観」とは極論すれば「別の世界から新たな主観で見てみること」に他なりません。

なので流れを出てみる。

誇りに思うのはそれからでも遅くはありません。

そのときに嫌だと思ってたものが本当に誇らしく思う。

世に溢れる難しい家族関係の中おかげ様で私も両親の中に誇れるものがあります。

そう思えるためにも流れを出てみなければなりません。

by You