宗教学のススメ。

親愛なるあなたへ

昨日の安倍元総理の銃撃事件。

何度聞いても本当に心が痛む出来事です。

犯人の供述では家庭環境の事情から「ある特定の宗教」を安倍元総理が広めたとする怨恨で今回の悲しい出来事が起こってしまったようです。

昨日書いたような単純な愉快犯ではなく動機があり、内容の真相も定かではありませんが・・・

動機が宗教による母親の破産、ということでしたから、本人のその宗教法人に向けられる気持ちは相当強いものであったことでしょう。

私はこれを聞いて、やはり今の日本には真っ当な宗教学が必要なのではと思うのです。

少し前に今の日本が暗いことや世間では気付かない人々の心の歪みは日本の信仰心の希薄さと無関係ではないと言いました。

それと表裏をなしているのが今回の出来事だと思います。

真っ当な宗教観や信仰心を身に付ける機会がないと「騙され」たり「貢い」だりしてしまう。

人間は追い込まれたときに最終的には何かに「すがりたい」という気持ちが、これは経験上絶対に出てくるものです。

そのときに、そういう世界に少しでも真っ当なアプローチから考えてみるのと、まったく馬鹿にして触れないのでは天と地の差が出てしまいます。

真っ当な信仰心は自らの足で再起を図る勇気が与えられるもの。

片やビジネスとしての宗教は依存心を掻き立てるもの。

宗教の是非をここで問わず、あえてビジネスという表現をしたのは、あくまで各宗教がそれぞれの宗旨で何とか人びとを幸せに導こうとしているからです。

それを宗教や信仰心の「素養」がないとたとえそれが真っ当な宗旨であってもビジネスに飲まれてしまう。

宗教や信仰も自由なのですから、誰かが強要できるものではなくて、たとえばその判断基準のための素養を養う目的として学校で「宗教・信仰」という科目があってもいいんじゃないかと思うんですね。

「道徳」という教科があるのに、その根底に流れる宗教や信仰を取り扱わないのか不思議でもあります。

そういう素養を身につける学問的な体系を日本は本気で整える時期に来ているとそう思うのです。

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