自由を望む国。

親愛なるあなたへ

「人間は感情の動物だ」と言われますけれども、日本人ほど感情を優先する国民はあまりいないのでしょう。

カンタンに言うと「人間関係を非常に重視する」。

だから、「理論」が通じない。

私が経験してきた転職の例を取ると、仕事というのは本来「契約」で成り立っているものですが、経験上契約はあってないようなもの。

すべてが人間関係という感情論に行き着きます。

人間関係というより、「その組織体の歯車として身をうずめるのかどうかの意思決定」を迫れられる。

仕事や目的ではなく「その感情にお前は同意できるのか」と。

理論というサバサバした感覚がない。

法律、契約、理論を持ち出すと「人間味がない」「冷徹だ」という評価になります。

良い悪いの判断ではないのですが、冷静に考えてみると「業務の遂行」「目的の遂行」という企業体本来の存在意義から言うと非常に不思議な国民性であります。

そして何より「自由がない」のが現実でしょう。

個人が完全に姿を消します。

理論が通じないと「みんながやるから私もやるんだ」「お前もそうなれ」という思考形態になります。

「感情」が、その「集合体としての感情」が個人にも同意を求めてくる。

これがその社会における「道徳」を形成。

そして、そこに合わないものは精神的に排除されるようになります。

「反道徳的」だから。

物事の本質を抽出し、理論的に目的そのものをディスカッションするという感覚がない。

これでは自由がなくなるのは当然です。

今の日本はこれまでになく自由を望んでいるような気がします。

感情が優先されると自由がなくなる。

幼い国、ということでは決してないのですけれども、冷静さと理論立てて物事をとらえる視点を私たちは必要としているのかもしれません。

p.s.

「タテ社会の人間関係」(著:中根千枝)

日本の社会構造を冷静に分析した素晴らしい本だと思います。

この論文を50年も前に発表された著者の方の視野の広さに感服いたします。

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