功徳を積む手段。

親愛なるあなたへ

布施行である「托鉢」について前回触れましたけれども、功徳を積むために納めるのは「金銭」のみか、というとそれだけではないようです。

持てる者が持てない者に善いことをさせていただく、とは、目に見える物質的な要素だけではなく、「目に見えない知識・知恵」でもよいと。

「施財の偈(げ)」の一節に「財法二施(ざいほうにせ)」というのがありましたけれども、「物を施したり教えを施したりすること」、ここでの教えというのはいわゆる仏教の「法」のことではあると思うのですが、広い意味で言えば、「各種学問や日常生活における様々な知恵」も含まれるように思うのです。

ですから、先生なんてやろうものならこれはすごいことになってしまうんじゃないかと、徳のカタマリみたいになってしまうんじゃないかと、欲と煩悩のカタマリと化した超合理主義者である、先生という立場に立っていいのかすら分からないこの現実との乖離を若干意識しつつではありますが非常に楽しみなのであります。

by You