親愛なるあなたへ
勉強は、本来は自分で楽しむものです。
義務教育でも高校でも大学でも、学生が勉強をサボるのは、勉強が面白くないからです。
僕は大学受験時代に一浪していますが、予備校の先生の授業というのは、面白い。
勉強に興味が湧くように教えるからです。
予備校というのはビジネスなので、合格率にこだわります。
合格率が低い予備校は、自然淘汰されてしまうのです。
何年も続けて浪人する人もいますが、そんなに予備校にお金をかける人はいません。
1〜2年と、サイクルは割と早いのです。
ですから、短い間に多くのことを教えなければならない。
受講生の吸収率を上げるためには、授業を面白くしなければならないのです。
予備校にカリスマ教師がいるのは、エンターテイメントではなくて、高いレベルでのビジネスであり、教育なのです。
「勉強ばかりしてるの?」と笑う人がいます。
勉強ばかりする人は個性がないと思い込んでいるのです。
勉強ばっかりするから面白みがないと言う人は、勉強の面白さが分かっていないのです。
そして、そういう人は、学歴にコンプレックスを感じている人が圧倒的に多いです。
僕は、学歴が全てだとは思いません。
社会を渡る一つの手段に使うことはできますが、決して全てではありません。
でも、コンプレックスの解消先を勉強にぶつけてはいけないのです。
勉強は、がむしゃらに、一生懸命に、死ぬ気で、やるものではありません。
自分が面白いな、と思ったものが、本当の勉強です。
僕は今、宇宙物理学と生物工学を勉強していますが、死ぬ気で勉強しようとは思いません。
受験戦争をくぐり抜けてきたときとは、全然違う気持ちです。
勉強に対しての姿勢が柔軟なのです。
すると、疲れたときに勉強しようという気になります。
「今日は仕事で疲れたな。宇宙論の本でも読むか」という感覚です。
すると、もはや「勉強」という言葉すら、なくなります。
先人たちは、「勉強」ではなく「学問」という言葉を使いました。
「強いて勉める」よりも「問うて学ぶ」方が、絶対に楽しいですね。
by You