子供たちの人相。

親愛なるあなたへ

「子供は神様の感覚に近い」「純粋で透き通った気持ちを持っている」

私は大人の目をすり抜ける自信はあっても、子供たちの目は騙せないと思っているのですね。

これは今も確かなことで「子供の人に対する好き嫌いは限りなく正解に近い」と思っているのですが、それでもいろんな子供たちを見てきて、やはり環境や地域性という現実を見逃せないのだなと思いました。

私のこれまでの記事ですと、子供に嫌われたら「嫌われた大人側に何か問題がある」ということなのですが、そうではないのですね。

実は、子供たちにも人相がある。

純粋な子供たちゆえ、その家庭・地域性に染まりやすく、一度固定されるとそれが全てになってしまう。

だから、不幸な家庭で育つ不幸が普通になってしまう。

子供のころから幸せや明るさ、楽しそうにしている人を妬んだり嫌ったりするようになってしまいます。

ひいては暴力や暴言。

もちろん親の責任でもあり、因果的に言うとその子本人も解消の修行に出てきているのですけれども。

子供たちの未来は明るい。

無限の可能性がある。

ただ、そのときの人相でその子の未来が不幸な方に決定されている場合もあるということ。

そのときは「そういう修行をしているのだな」とそっとしておいて、我々は自分の生き方に集中すればいい、ということです。

これも誤解の多い発言なのですが、決して子供たちを見捨てるということではなくて、「どう頑張っても変わらない相の子供たちが存在するだ」という現実を知っておく必要もあるということなのですね。

もちろん未来は分かりませんから、助言や愛情を注ぐことで変わるかもしれません。

親や周りの人の愛情ではダメでも、ものすごい愛情を持った人物と出会うかもしれません。

その子たち自身が歩んでいく中で、人生を変えていくかもしれません。

ただ子供たちの感覚が絶対ではなく、大人としての社会性も大切にする。

私が記事の中で子供たちの純粋性や神性の「影の部分」に触れなかったのを大いに反省し、書かせていただきました。

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