「考える」過程は、必要なのです。

親愛なるあなたへ

僕は、肌で感じる修業をしています。

心で感じる、ということです。

僕の師匠は、肌で感じる達人です。

理屈ではありません。

相手の心を読むのです。

師匠は、相手が何をしてほしいのかを完璧に読みます。

障子の向こうにいるお客様が、次に何をしてほしいのかが、分かるのです。

師匠は僕に、「心の声が聞こえる」とよく言います。

中谷彰宏先生の個人コンサルティングのときにも言われましたが、考えないで感じる、ということがいかに大切なことかが分かりました。

感じるというのは、レベルが高い。

子供は、感性が鋭いです。

感じるレベルを上げていくことは、子供の感性に戻していくことなのです。

学校では、論理的に考える教育を受けます。

社会に出てからは、論理思考が役に立つからです。

僕は「感じる」大切さを肝に銘じていますが、考えることを否定しません。

考える過程も、必要です。

「感じる」は、「考える」ことの究極形態ですから、考え過ぎる自分を責める必要はないのです。

今は考え過ぎるステージにいる、と捉えることです。

もう少ししたら、感じることの本当の意義を、見出せます。

焦らなくて、いいです。

考え過ぎて、悩み過ぎて、いっぱい涙を流しているあなたは、考えることの先に「感じる」世界が待っていることを、誰よりも知っている人なのです。

by You