親愛なるあなたへ
今日、大学時代からの親友と電話して「オンライン」の諸々について話を聞きました。
オンライン業務が始まって丸2年が経ちほぼ日常となった光景でありますが、「オンライン」と「職場での仕事」のどちらが良いか、と。
私はメーカーを離れて久しいので「企業で働く人々」がどのようなことを感じているのか遅ばせながら興味がありました。
すると、「良いところと悪いところがある」と。
良いところは通勤時間がないところ、そして会議などは目の前で資料を共有できるので非常に分かりやすいと。
一方、デメリットは職場と常につながっていること。
それが上司であれ部下であれ。
姿形はなくても、常にオンラインでつながっていることが精神をすり減らすのだそうですね。
部下の方もこのことが原因で鬱になりやめてしまった人も多いのだとか。
移動時間がなくうるさい上司も「周りにいない」ので生産性が向上すると思いきや、上記のバランスで相殺されてしまうことも。
結果その親友曰く「究極、生産性で言えばどちらでも構わないかなぁ」と。
彼が営業職ということもあり仕事畑によって様々な意見があると思いますが、不思議な世界を絡める私としては非常に納得したところがあったのですね。
オンラインは実体がないからよい、と思うかもしれませんけれども、精神の世界で「相手を具体的にイメージできる」と「念は飛びやすくなる」。
例えばラインはよりリアルに相手をイメージできるため電話の時代よりも念がはるかに飛びやすい。
相手の「今」の状況が想像しやすいからですね。
良い念ならいいのですが悪い念も飛んでしまう。
信じられないかもしれませんがラインやメールの文章には念が乗っているのです。
同じ文章でも送る人によって受け取る側は全然違った結果を得る。
デジタルだから「筆跡」はないはずなのにそういうことがあります。
なので、電子媒体であっても「嫌なメール」「嫌なライン」はすぐ消した方がいいですね。
私がラインをしてないのはそういう理由もあります。
普段嫌なメールや着信はすぐ消しますし(笑)
オンラインの時代は良く言えば「魂の世界に近くなった」のでありますが、それは「精神的な切り分けを自分で行いなさい」というもの。
「否が応でも職場と自宅の物理的な移動」で念をリセットしていたものが、「念のリセット方法を自分で考えなさい」と。
オンラインは便利だけれども自らの精神をコントロールするより高度な時代、一つの試練ともいえるステージに入ったのではと。
具体的にどのような切り分けを行うのかは私も答えがなく、社会全体・個々人がそれぞれ模索していくしかありません。
その答えがない中ではありますが、一つ言えるのは「効率を理論的に考えれば何でもオンライン」が正解のような気がしますけれども、目に見えない「精神の部分」への作用を総合的に判断した生産性を考えるのが最初の切り口なのだと思います。
オンラインは物理的な部分でショートカットできるところだけ用いようね、と。
簡単そうに見えますがこの仕分けはきっと難しい。
オンラインが無意識に我々の精神に入り込んでいるところも見極める必要がある。
共に頑張って見つけていきましょう。
by You