いらないこだわり。

親愛なるあなたへ

人の心は普段自分の不自由さを感じることはありません。

それを隠すため、そして感じないようにするために「こだわり」となって表れることがある。

仕事への「こだわり」は必要です。

芸術への「こだわり」も必要です。

「何かを創造するためのこだわり」というのは、サービスや製品、ひいてはその人自身を高めていくために絶対的に必要なものです。

では必要のないこだわりとは何なのか。

たとえば食べ物へのこだわり、所有物へのこだわり、人間関係へのこだわり、そういうものですね。

もちろん健康のために食べ物に気を使う、よりオシャレになるように洋服に気を使う、円滑な人間関係に気を使うというのは必要です。

ここの産地のものしか食べない、このブランドしか身に着けない、いままで仲良くしてきたんだからこれからも仲良くすべきだ・・・

こういったこだわりは、果たして必要なものなのかと考えたとき、自分にとって重いなと感じるこだわりであれば捨ててしまうというのも手なわけです。

もちろん好きなブランドバックとか好きなメーカーの車を持つものもいいでしょう。

自分がこだわっていて苦しいな、と思ったときです。

筆者はこうやって記事で色々主張してくると非常にこだわりの強い人間のように思われるかもしれませんが、自由が一番なので、人生を変えてからは最低限のこだわり、たとえば健康のために青汁を飲むとか、豊かに見えるような服を着るとか、運気を守るために部屋やトイレは綺麗な状態を保つとか、そういうポイントポイントはありますが後は意外とどうでもいいと思っています。

ですから、雨の日に平気で外に服を干しますし(干した瞬間から雨が降りかかってきて余計ぬれるのにです)、食べ物の味にもあまりこだわりません(なので、高級料理と普通の料理の味の違いが分かりません汗)。

自由人とは必要以上のこだわりを持たない人なのかもと、実感としてそんなカンジがします。

p.s.

ためしに雨の日に外で服を干す練習をしてみては?

もしその行為自体が「重く」感じるようであればこだわって全く構わないわけです。

by You