自分の頭で考えるのが、客観的ということだ。

親愛なるあなたへ

僕が記事で書いていることは、僕が教わってきたことです。

僕が教わってきたことで納得したことを書いています。

納得して書いているのですけれども、一度自分で考えています。

僕は人の意見を鵜呑みにするのが嫌いです。

かなりの頑固者です(笑)

必ず検証してから自分のものにします。

怪しいものには引っかからない自信が結構あります(笑)

僕にはいろんなメンター・師匠がいますけれども、僕には僕なりの世界観なり宇宙観があります。

どういうことかというと、僕はこの世の中はどうなっているのか誰にも分からないと思っています。

もしかしたら神様だって本当のことは知らないのではとさえ思っています。

僕は魂の世界を信じていて早く見たいな、なんて思っているのですけれど、根本はどうなっているのかは分からないのです。

未知の世界というのは人智を超えています。

人智を超えているのですから人間が想像することはできないのです。

僕は死後の世界に気づいて、魂の存在すら有と無の平衡世界であるという理屈が通ると思っているのですが、それは人間の僕が想像できてしまうことです。

さらに、神は永遠にただそこにあるものだといいますけれど、永遠の神を作ったのは誰かという話になります。

ただそこにあるものだとしても、永遠という概念が人間に理解できない限り、不可能です。

こういったことが一個人である僕が考えることができてしまいます。

じゃあ、僕が神様を超えた存在なのかというと、そんなわけありません。

普通の人間です(笑)

人智が及ばない世界があるのだとしたら、人は絶対に想像することすらできません。

もし想像できるのだとしたら、さらにそれを超えた世界が待っているのです。

結局、誰にも本当のことは分からないんじゃないかな、という結論になります。

ただ、世の中の真理、真理、と騒がれていることが嘘っぱちなのかというと、そうではないのです。

少なからず、どれも正解なのです。

科学の世界で相対性理論量子力学は矛盾するものだけれども、それぞれが生活に役立っているという話をしました。

それと同じです。

僕は真理についてたくさん記事を書いていますけれども、信じてくださいとは思っていません。

どちらかというと、一度疑ってかかってください(笑)

疑うっていうのは、検証するということです。

周りからこれが正しいよと言われたら、それがどう正しいのか自分で検証してみることです。

自分の頭で考えることを忘れない限り、変なものに引っかかることはありません。

客観的に物事を見てみましょう。

「客観的に見てみなよ」と周りが言うより、もっと客観的に見てみましょう。

すると、自分なりの幸せ論を思ったよりも早く導くことができるのです。

by You