親愛なるあなたへ
多くの人が自分らしい人生を見つけるのに挑戦しないのは「メンドクサイ」部分が大きいのだと思います。
そして、最初から自分らしい道で生き生きしている人たちを見て羨ましい、と思う。
筆者の周りには珍しく始めから自分の道を見出している人が数人いて、確かに彼ら彼女らは生き生きと自分らしい人生を全うしています。
草の根を分けて探した私とは本当に真逆とも言える人生になります。
私の叔母がその一人なのですね。
洋裁をしているのですが、とりわけこれをしたい、と強く努力したというよりも、その流れに乗ってここまで来たと言います。
確かに彼女の場合は甥の私から見ても非常に数奇な運命であると思います。
こういう人々を、普通の人が見たら「いいわね」の一言で何にも悩みがなさそうに見えるかもしれませんが、叔母がこう言ってたんですね。
「もしかしたらもっと私に向いていることがあったのかもしれない。ないものねだりだとは分かっているけれど」
もちろん叔母も祖母の介護やその他諸々で非常な苦労をされた方ではありますが、それでも自分らしい仕事なりライフスタイルなりを最初から見つけてしまった側の想いというのもあるのだな、と感じました。
「探せない後悔」のような。
私も体験的に探して探して、もうこれしかないだろう、他の可能性はないだろうというところまでくると、確かにそういう思いとは無縁でいられるのは確かです。
今から探さないといけない「メンドクサイ」立場が「それほど損しているわけでもない」、という証明がこういうことなのでありましょう。
by You